分かっている範囲では両者の対戦は下記のようになっています。

1955年4月27日、サスカチュワン州サスカトゥーン→テーズの反則勝ち(テーズがNWA王座防衛)
1955年6月23日、サスカチュワン州レジャイナ→テーズの勝ち(テーズがNWA王座防衛)
1957年3月22日、ミズーリ州セントルイス→テーズの反則勝ち(テーズがNWA王座防衛)
1957年4月5日、ミズーリ州セントルイス→テーズの勝ち(テーズがNWA王座防衛)
1958年4月21日、テキサス州フォートワース→テーズの勝ち
1958年4月28日、テキサス州フォートワース→テーズの勝ち
1962年10月25日、テキサス州アマリロ→テーズの反則勝ち
1963年10月11日、ミズーリ州セントルイス→テーズの勝ち(テーズがNWA王座防衛)
1963年11月22日、ミズーリ州セントルイス→テーズの反則勝ち(テーズがNWA王座防衛)
1964年5月16日、ミズーリ州セントルイス→テーズの勝ち(エリックが試合放棄)(テーズがNWA王座防衛)
1964年10月2日、ミズーリ州セントルイス→テーズの勝ち(テーズがNWA王座防衛)
1965年3月23日、テキサス州ダラス→無効試合(ノンタイトル、テキサスデスマッチ)
1965年4月12日、テキサス州ダラス→テーズの反則勝ち(テーズがNWA王座防衛)
1965年5月21日、テキサス州ヒューストン→テーズの反則勝ち(テーズがNWA王座防衛)
1965年10月20日、テキサス州サンアントニオ→テーズの勝ち(テーズがNWA王座防衛)
1967年9月15日、ミズーリ州セントルイス→エリックの反則勝ち

以上の結果、テーズの14勝1敗1分ということになります。エリックは1929年生まれですから、1959年に30歳になっています。30歳代のエリックをしてもテーズからは一度たりとも完全勝利を得ることができなかったのです。いかにテーズの政治力が強かったかというのがわかります。