頭でわかる、理解できることを重要視してきた。
 
 
特に他人に理解を求めたり共鳴を感じてもらうためには論理や整合性といったものがなくてはならないと信じてきた。
 
 
しかし、ここにきてそれが全てではないことにも気づき始めた。
 
 
例えば、(第一)印象や勘、好き嫌い、雰囲気、気分、空気感・・・そんな言葉では説明しにくいもの、言葉で説明しようとすると逆に論理が成り立たないことも判断基準として十分に通用することを。
 
 
そう言えば、私が尊敬するその人もよく「○○のような気がする」と口にする。
 
 
敢えて説明しない、言葉で表さない、気分に頼ることが恥ずかしくない判断方法だと思えるようになってきた。
 
 
それが「論理を超える判断」であることに気づいた。
 
 
人はそれを「洞察力」と呼ぶことに。