日本の女性観

2017/09/22

日本の女性とは

女性が求めるものは何だろう。それは、時代とともに変遷してきたのではないか。女性が置かれている現状は男性よりも変化が激しいのではないか。そのようなことを考えてしまう。男女同権とは誰に責任を求めるべきだろう。人類には、女性と男性しか存在しないのだから、客観的なものはないのだろう。

働く女性

女性が働くことは一般的になっている。だが、働くということはストレスフルだ。当然、うつ、精神病にかかるものも多くなるだろう。韓国では、そのような女性が増えている。男性女性も倒れてしまうのではないのか。昔のように、家事だけやる女性というのはほとんど存在しないというのが現実なのだろう。

西野カナにみる女性像

男性を選ぶのが女性であり、女性を男性が選ぶわけではない。これは、自然界では真実だとされている。その女性像を取り戻してきたのではないかと考えられる。女性が男性に求めるのはやさしさ、誠実さなどである。そのような女性が求めるやさしさに適合する男性を探すというのは男性陣にとって苦しいことかもしれない。だが、やさしさというのは親しさから始まって、両方が感じてくるものだから、長い目で見ることも必要かもしれない。

女性の魅力

ファッションは魅力的に見せる入り口になるだろう。だが、言葉遣い、声の出し方などそのあとも男性を引き寄せるための方法が必要になる。女性のアプローチから男性の恋愛が始まるのだろう。女性の許しがなければ、男性は女性に近づいてはならないのだから。女性のアプローチは目を合わせて、笑いかけるなど無難なほうがいい。これを、ほかの男性に使うとストーカーなどがつくかもしれないので、気を付けたほうがいいのだろう。

女性の現状

女性の現状は厳しいものがある。女性らしさはたとえば、女神、魔女、聖母、山姥などがある。女神は与え、魔女は奪う。聖母は包み込むように守り、山姥は自分の中に取り込んでしまう。実際には、女性性というものに性別を越えての理解が必要になる。男性自身の中にも女性性があるという理解が必要だ。女性を上から見ていこうとする人々にはそのような考えが抜けている。

少子化と言っているが、生活に満足するようになってきた現代には重要なファクターではなくなってきている。都市部になるにつれ、その満足感から、結婚してつらい思いをしたくないという人が増えている。

女性というジェンダーをうけいれるため

男性というものが必要ではなくなった人のためにまた男性を必要とした人のために。女性の中にも男性性というのがあります。自分の中の男性性というものを確認することで、理想の男性に出会うことができます。あなたが論理的になりすぎるとしたら、男性性が活性化しすぎているのかもしれません。そして、女性性は自らの男性性の発達にその成長を相関しあっているのです。男性性の持つ側面は父親、戦士、政治、聖人です。