あいさつ、大事だと言われますが、簡単なようで難しいときもありますね。

あいさつは、人と人との相互関係で成り立つもの。
決して一方的なものではありません。

「あの人はあいさつもしない」と憤ることがもしあなたにあるなら、次のようなことを考えてみてください。

・あなたからあいさつをしましたか?
・声が届く場所でしましたか?
・相手の状況をよく見てから声をかけましたか?
・相手の返答に不満でしたか?

誰かからのあいさつを求めるのであれば、まずあなたがあいさつすることです。
あなたがどんな立場であってもです。

自分はその誰かとくらべて上の立場なのだから、下の立場であるその人からあいさつされるべきであると少しでも考えているなら、まずその考えをきっぱり捨てましょう。

あいさつは、あなたが満足するためにあるのではありません。
相手の心を満たすために、あなたが注ぐ心です。
だから、決して押し付けたりしてはいけません。
小さなコップにバケツで水を入れようとしても、コップが壊れたり、コップがころがってしまったりしてうまくいきません。小さなコップには、バケツの水から小さな柄杓などで少しすくって、そっと水を注がなければうまくいきません。

例えば朝、ただでさえ慌ただしい時間帯に、自分の都合のいいタイミングで声をかけた。返事がない。あるいは返事があっても声が小さい、などなど、満足できるような返答がない。そんなことがあったら、原因は相手ではなくあなたにあります。

そんな忙しい朝なら、あなたが皆に聞こえるような大きな声で一声「おはよう」で十分です。ひとりひとりからの返答がなくたっていい。それを毎日届けること、それだけであなたのできることは終わりました。
あなたの心が届いていれば、個別にあいさつがあなたに返ってくることがあります。そこまでに時間がかかる人もいるかもしれないし、あなたが思い描くような返答がない人もいるかもしれない。しかし、そう思うのはあなたのわがままです。

誰かから見たらあなたは、(あなたが)嬉しいと思うようなあいさつをもらえるほどの人間ではない、ということに気づいてください。

確かに、ちゃんとしたあいさつができない人は、いい印象を他者に対して与えるチャンスを逃していて、他者とよい人間関係を築くことができないことは本当でしょう。
だから、いいあいさつができることは大事です。でもそれは、声が大きいとか、目下だからするとかそういうことではないのです。
この人との信頼関係を築きたい、維持したいという意思を持てるかどうか、です。

また、あいさつはあくまで表層での発話行動ですから、いくらでも虚偽が可能です。

つまり、あの人はあいさつしてくれるから信頼できる、というのも必ず正しいわけではなく、あいさつしない、あいさつの声が小さいから信頼出来ない、というのも間違っています。

小さな子どもには、「おはよう、こんにちは、を言おうね」と教え諭すことは大事です。これは大人、親としてやらなくてはいけません。
しかし、大人同士であったら、あなたがあいさつに関して満足できない相手との間が、いったいどういうものなのか、あなた自身について再考することをおすすめします。

あなたが満足できるあいさつを交わせるようになることが本来のゴールではありません。

あなたが日々、誰かとの間のあいさつで不満を感じていることがあれば、それはあなたにとっての変化のチャンスです。
くれぐれも「あいさつは押し付けではない」ことを忘れずに、日々の自分を見なおしてみるといいでしょう。